Londonを中心に、世界のあちこちからの写真を載せていきます。更新はゆっくりです。


by londonphoto

プロフィールを見る
画像一覧

最新の記事

やればできる
at 2017-07-04 04:52
夏の森のかたち
at 2017-07-02 17:24
アレッサンドラ・フェリの椿姫..
at 2017-06-04 07:03
ゼナイダ・ヤノウスキの椿姫/..
at 2017-06-04 06:12
初夏の楽しみ(3)
at 2017-05-29 19:01

最新のコメント

Знакомства A..
by Aradgannug at 02:37
気持ちのいい季節になりま..
by londonphoto at 02:58
この空気をそっと胸いっぱ..
by windtalker2008 at 20:16
まだまだ踊れるのに、と世..
by londonphoto at 20:06
ありがとうございます。フ..
by londonphoto at 20:00
カーテンコールの動画みま..
by windtalker2008 at 18:58
すばらしい画像ばかり!舞..
by windtalker2008 at 18:56
chocoさんこんにちは..
by londonphoto at 22:59

カテゴリ

全体
著書
ロンドン - 日常
ロンドン - 観光地
ロンドン - 美術館
ロンドン - イベント
イギリス(ロンドン以外)
バレエ
ナミビア
フランス
ドイツ
オーストリア
イタリア
スロヴェニア
タイ
トルコ
オランダ
ヨルダン
ウズベキスタン
日本
ロンドンオリンピック
ポートレート
旅行
写真練習帳
その他
未分類

以前の記事

2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月

お気に入りブログ

miu'z journa...
By The Thames
1*ときどき*5
jinsnap (web...
好きな写真と旅とビールと
(=^・^=)の部屋 写真館
パチプロ!デメタン
光の贈りもの
いんちきばさらとマクガフ...
風歩記
n e c o f l e x
happiness
パトローネの中
是和道哉 万事快調ときどき鬱
PHOTRESBIENNE

外部リンク

タグ

ブログパーツ

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

ファン

検索

記事ランキング

ブログジャンル

カメラ
海外生活

画像一覧

<   2015年 02月 ( 9 )   > この月の画像一覧

イーヴォ・ポゴレリチ ピアノリサイタル(2015年2月)

 昨日のテームズ河の写真は、実はコンサートに出掛けた際に撮ったものです。そのコンサートについて、書くかどうかかなり迷いましたが、どうしても自分の中で放っておけないので書くことにします。今日は写真はありません。

 行ってきたのは、イーヴォ・ポゴレリチのピアノリサイタルです。曲目は以下の通り。


F. リスト:巡礼の年 第二年「イタリア」より「ダンテを読んで」
R. シューマン:幻想曲
 -
I. ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」より三楽章
J. ブラームス:パガニーニの主題による変奏曲
 
2015年2月24日
Royal Festival Hall, London


 ポゴレリチについては四年ほど前にチャイコフスキーの協奏曲を聴いて、絶望に終始した全く救いのない演奏に途轍もないショックを受けたことがあります。今回のリサイタルも、基本的な印象は全く変わらず。強烈な音量と音圧、そして極端に歪められたテンポで、音楽を真っ黒な絶望で塗りつぶすような演奏でした。
 ポゴレリチの描き出す世界はゴッホの絵のように歪んで陰鬱で、例えばリストの音楽の冒頭、強烈なオクターブの連続を聴いただけで、いきなり世界の底が崩れ落ち、地獄に向かって底なしの闇に突き落とされる思いになります。彼がシューマンの幻想曲の中の勇ましい行進曲を弾くと、それは絶望の掛け声高く虚無へと突き進む行進です。緩徐楽章で美しい音楽を奏するとき、そこには青白い光に浮かび上がる死者の平穏が見えてきます。ペトルーシュカでスケルツォ的な音楽を奏すると、ゴヤの絵の化け物じみた人々が偽善と嘲笑の踊りを踊っているような風景が眼前に浮かびます。
 
 私が体験したこれは一体なんなのか。目の前では確かにピアノ演奏が行われていましたが、これを音楽と呼ぶことを私はためらいます。「こんなものは音楽じゃない!」という否定的な意味ではありません。ポゴレリチが私たちの前に見せたのは、彼の心の奥に潜む絶望と狂気そのものであって、彼の心という入れ物の裏表をひっくり返してしまって、彼の中にあるもの全てを一面にぶちまけた場に居合わせたような、ポゴレリチという人間そのものと直接対峙する、そういう何かでした。
 ここでは音楽は単なる手段あるいは媒体でしかありません。聴き手が受け取るべきは、音楽ではなく、ポゴレリチの全人格です。(そして、それは途轍もなく重たいのです。)

 彼はなぜピアノを弾くのか。これについても考えずにはいられませんでした。心の傷から滴る血を絵の具にして、巨大でグロテスクな大伽藍を描き上げるような演奏は、聴いていて顔をしかめずにはいられないほどつらく、絶望的なものです。
 しかし恐らく彼にとっては、ピアノを弾くことは多少なりとも自分の心を彼自身に繋ぎ止めておくことのできる、敢えて言えば「救い」に近い行為なのだろうと私は想像します。彼は心の傷を広げるようなことをしてまで演奏しているようにも思えますし、その行為は決して彼にとって快いものではないはずですが、一方で彼から音楽を取り上げてしまうと、彼の心はもうどこにも行き場がなくなってしまい、本当に絶望の淵に沈むしかなくなってしまうのではないか。昨日の演奏を聴いていて、私にはそう思えました。

 これだけ型破りな演奏を立て続けに聴かされたあと、最後のブラームスは、いったい彼に何が起こったのかと訝るほどに、「普通」の演奏でした。それまでの演奏のようにとんでもない音量で鍵盤を叩きつけるように弾くのではなく、コントロールの行き届いた打鍵で充実した美しい響きが紡ぎ出されていきます。音楽は淀みなく流れ、多少エキセントリックな表現もないではありませんでしたが、途切れることのない歌が続きます。ポゴレレチが突然正気の世界に戻ってきたような、そんな演奏でした。
 この美しい演奏を戸惑いながらも聴いていて、私は途中でふと思いました。この曲は、ポゴレリチにとっては、今は亡き最愛の妻との個人的な思い出につながる、何か特別な音楽なのではないかと。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、彼は20歳ほど年上の、彼にとっては師匠でもあった女性ピアニストと結婚しました。彼女が亡くなり、その後立て続けに彼の父も亡くなった後、ポゴレリチは精神の安定を失って一時演奏活動から身を退きました。
 その後ポゴレリチは演奏活動を再開しましたが、彼の演奏が絶望に満ちたものになったのはその時からではないかと私は想像しています。しかしそんな彼も、自分が愛した女性とつながる美しい思い出だけは、黒く塗りつぶすことができなかったのではないか。私は彼の演奏からそういう印象を持ちました。回復できないほどに傷ついた彼の心の中で、わずかに美しい情景の記憶が保たれている場所を、私はブラームスの音楽を聴きながらのぞきこんでいたのかもしれません。

 この日の演奏会は会場が満員というわけではありませんでしたが、終演後はかなりのお客さんがブラボーを叫び、スタンディングオベイションも多く見られました。ただ、ポゴレリチ本人はそういう外面的な賞賛からは何も感じていないように見えました。彼が世間的な成功のために演奏していないことは間違いありませんし、個人的にはこれほど熱狂やスタンディングオベイションから遠い(というより、別の世界にある)演奏というのも他にないと思います。客席で私の隣に座っていた女性は、前半のプログラムが終わって休憩に入った後、後半の演奏に戻ってきませんでした。私にはこの反応の方が、よほど自然に感じます。

 ではなぜ私がこの日の演奏会に最後まで残っていたかというと、それは彼の演奏に、それがいくら絶望に塗りつぶされたものであったとしても、どうしても目をそらすことのできない何かを感じるからです。
 目の前に突き出されたポゴレリチという人そのものは、暗く、重くて狂気に満ちた、とてもではありませんが現実世界で関わりたいと思える人ではありません。それは音楽を通したところで何も変わらないのですが、それでも音楽によって濾過されることで、(辛うじてではあっても)何とか私が受け入れられるものになるのです。それは自分から進んで見たいと思うようなものではありませんが、見ておかなければならない狂気がそこにあるといった感じのものなのかも知れません。
 狂気は芸術の血液だと私は信じています。そうである限り、芸術の源である狂気がそこにあるなら、その狂気から目をそらすことは私にはできないのです。私も芸術に取り憑かれた人間です。私の中の小さな狂気が、ポゴレリチの巨大な狂気の重力に否応なしに引き付けられてしまうのは、好むと好まざるとに関わらず、自然なことなのかもしれません。


 以上が、ポゴレリチのリサイタルで私が感じたことでした。



* * *



 これまでの写真のうちのお気に入りをFlickrに載せています。
[PR]
by londonphoto | 2015-02-26 06:45 | ロンドン - イベント | Comments(4)

川の風景

c0249519_8573628.jpg


 サウスバンクからのテームズ河の夜景。ここはタワーブリッジ周辺と並んで、最も見栄えの良いテームズ河沿いの風景が見られるところではないかという気がします。

 ちなみにこのテームズ河、実はかなり長い川で、大学で有名なオックスフォードも実はテームズ河沿いの街だったりします。その源流は旅行者に人気のコッツウォルズにあり、一度行って見てみたいと思っているのですが、さて、いつ行けることやら。

c0249519_858666.jpg

[PR]
by londonphoto | 2015-02-25 08:58 | ロンドン - 日常 | Comments(4)

オシポワの白鳥(2015年2月)

 ロイヤルバレエではしばらく前から白鳥の湖が始まっています。今シーズン最初に観に行くのはゼナイダ・ヤノウスキーの回のはずだったのですが、何とも残念なことに怪我で降板。そしてその代役は、驚いたことにオシポワでした。これまで、オシポワが怪我で降板というのは何度もありましたが、代役でオシポワが入るのは、ロイヤルバレエでは今回が初めてのはず。
 で、そのハプニングが起きたのが実は二週間ほど前。先日また白鳥の湖を観に行ったのですが、それは最初からオシポワがキャストされていた回。ということで、今シーズン観た二度の白鳥の湖の舞台が、両方ともオシポワという贅沢なことになってしまいました。(でもヤノウスキーも観たかった・・・)

c0249519_6563312.jpg

 オシポワがロイヤルバレエで白鳥の湖を踊るのは2012年以来で、そのときは直前に退団したタマラ・ロホの穴を埋めるゲストとして出演でしたが、その公演では彼女の明快で切れのある動きの凄さの一方で、心理描写やストーリーテリングの面がかなりすっぽりと抜け落ちたような印象もありました。
 その後しばらくして彼女がロイヤルバレエに入団。それからの彼女は、アシュトンの「田園の出来事」やマクミランの「マノン」など、一見彼女には向いてないと思われるほど、心理描写が本質的に重要な役を次々と演じてきました。今回の舞台は、彼女がそうやって取り組んできたことが少しずつ形として現れてきていることを感じさせるもので、オデット役のときの繊細な心理表現が、(彼女らしい妖しい色気を漂わせつつも)以前よりずっとはっきりと現れてきたように思います。

c0249519_65652100.jpg

 ちなみに前回の公演のときの写真を改めて見返してみたのですが、カーテンコールでの彼女の表情が全然違っていてびっくり。前回は怖いものなしという感じで自信満々の笑顔でしたが、最近のオシポワはこんな表情を見せることはありません。ロシアとは異なるバレエの伝統を持つロンドンで、彼女は大変な重圧と闘いながら何かを探りつつ、舞台に立ち続けているのだと思います。
c0249519_6572672.jpg


 この日は高田茜さん、金子扶生さん、平野亮一さんらに混じって、コールドで佐々木万璃子さんが踊っていました。彼女も他の先輩たちに続いて、どんどん上にあがってきてほしいものです。
 写真は、すみません、足元が切れてしまいました・・・
c0249519_6574865.jpg

 
[PR]
by londonphoto | 2015-02-24 06:58 | バレエ | Comments(2)

道の集まるところ

c0249519_95256100.jpg

 コヴェントガーデン近くのとある場所。道がたくさん集まります。ここは勝手に五叉路だと思い込んでいたのですが、久しぶりにここへ来て、改めて数えてみると何と七叉路、でした。

 三叉路は一つの道から新しい道が伸びていくところ。
 四つ辻は二つの道が交叉するところ。
 でも五叉路以上になると、人の意思がわざわざそこに道を集めないと、勝手に放っておいてもできる、というものではないような気がします。

 人が道を集め、道が人を集める。道の集まるところには、エネルギーも集まります。旅先でも、道に引っ張られるように歩いていると、街の核になる部分に出た、ということがよくあります。あるいは自分が歩き始めの出発点にした場所が、何ということはない、街の中心部だったと後から分かったり。
 道の声が聞こえると、街歩きも楽しくなります。

c0249519_9544255.jpg

c0249519_955839.jpg

c0249519_9552863.jpg

c0249519_9555249.jpg

[PR]
by londonphoto | 2015-02-22 09:57 | ロンドン - 日常 | Comments(4)

帰り道

 家にも会社にも近くない場所。でもいつも行く場所。その帰り道。
c0249519_7412975.jpg

 ロンドンでは最近ずっと夜の風景ばかり撮っていた気がしますが、二月も後半に入って、ぐっと日が長くなってきたのを感じます。春遠からじ。重かった冬の抑圧が、光の途切れない季節への期待に移り変わっていきます。あと少し。
[PR]
by londonphoto | 2015-02-18 07:43 | ロンドン - 日常 | Comments(0)

ラトルとベルリンフィル シベリウス交響曲サイクル

 一年以上前の話になりますが、ベルリンフィルのロンドン公演の情報が出たとき、我が目を疑いました。私が愛してやまないシベリウスの交響曲、全七曲を三回の演奏会で演奏するとのこと。私にはもう理性を吹っ飛ばされるほどの衝撃でした。ただでさえ演奏頻度の低いシベリウス、特に3番、4番、6番は演奏されることすら稀なのに、それが全曲一気に、しかもベルリンフィルで聞けるとは。仕事そっちのけでチケットを発売日に確保し、以来一年余、ようやく待ちに待った夢の日々がやってきました。

 三日間で一気に全ての交響曲とヴァイオリン協奏曲を聴き通したわけですが、やはりベルリンフィルの異次元の表現力には舌を巻かずにはいられませんでした。単に技術的に突き抜けているというだけでなく、音楽の歌わせ方の途轍もない濃密さにも圧倒されます。1番や2番での、いったい何が起こったのかと思わせる凄絶な激しさ、4番や7番の神秘的な音楽の底知れぬ深み、5番の牧歌的な音楽の向こうから聞こえてくる彼岸の響き、どれをとっても忘れられません。
 私が最も愛する6番を聴いているときは、もう私の頭の方が飽和してしまい、豊かに流れ続ける美しい音楽の流れに、ひたすら流されるままに漂い続ける、そんな至福のひとときでした。
c0249519_1856063.jpg

c0249519_1856271.jpg


 カラヤン時代に比べて響きがスマートになったと言われることも多いベルリンフィルですが、今回聴いて思ったのは、中低音域の響きの異様なほどの充実。低弦が思い切ったフォルテで踏み込んでくるとき、その音色には「ぎらぎら」と形容してもいいくらいの、底光りするハイライトがかかります。これが本当に美しい。こんなに固有の音色を持つ低弦、世界の他のどのオーケストラにもありません。
 この低弦にヴィオラも加わった中低音域の分厚い手触りの音色を、ラトルは前面に押し出して音響を構築していたと思います。ベルリンフィルでしか聴くことのできない、贅沢な音色ですが、この唯一無二の音色を使って、ラトルはシベリウスの音楽を、抽象的な構築物として演奏していました。伝統的なシベリウス演奏では、北欧の冷たく澄んだ空気を思わせる響きを強調した叙景的なものが多いと思いますが、それとは明確に一線を画しつつ、濃密で豊かな、新しい世界がラトルの演奏からは広がっていたように思います。

c0249519_18564995.jpg

c0249519_18572021.jpg

c0249519_18581827.jpg


 ラトルとベルリンフィルのシベリウス、掛値無しに素晴らしいものでした。

c0249519_18584550.jpg

[PR]
by londonphoto | 2015-02-14 19:01 | ロンドン - イベント | Comments(4)

のんびりバンコク(3)〜 もの売る人々

c0249519_8423479.jpg


 バンコクの中心部から少し離れて、とは言ってもバンコクは大きな街なのでまだまだ都心ですが、それでもほんの少し大通りから離れると、突然これはタイ以外のナニモノでもないという風景が現れることがあります。道端には露店が並び、それがいつの間にか歩道を埋め尽くして市場となったりもします。ただ道を歩いているだけなのに、活気のある風景に目と心を奪われて、ひたすら心ゆくまでタイの空気を楽しみます。

c0249519_8431348.jpg

c0249519_8434693.jpg

c0249519_8441217.jpg

c0249519_8443233.jpg


 バンコクに来てもカメラを持たずに歩くようになって久しいのですが、こうして久しぶりに被写体として眺めながら歩くと、やはり本当に面白い街だなと再認識します。撮り始めると、もう止まりません。

c0249519_845121.jpg

c0249519_8451977.jpg

c0249519_84544100.jpg

c0249519_846685.jpg

c0249519_8463463.jpg

c0249519_8472277.jpg

 こちらは二つ前の記事でもご紹介した、パパイヤサラダのソムタムを売る屋台。店を出す前に、サラダに使うパパイヤの千切りを準備します。千切りとは言っても、包丁で細く切るのではなく、専用のピーラーのような道具でシャッシャッと削り下ろしていきます。これを見ているとお腹がすいてきます。
c0249519_8482215.jpg

c0249519_8484115.jpg

 このあとは、バンコクのレストランの中でも日本人にも大変な人気を誇る店の一つ、ソンブーンに入りました。ここの目玉は、何と言ってもプーパッポンカリー、蟹のカレー炒めです。タイへ来てこれを食べて感動した人は数知れず、という鉄壁の定番。タイへ来るたびに、私も必ず一度は食べてしまいます。これも、中毒の一つ。あまりフォトジェニックな盛りつけでないことだけが残念ですが・・・
c0249519_849872.jpg


 ということで、脈絡のないシリーズになってしまいましたが、タイの休暇の合間に見た風景のご紹介でした。
c0249519_8493225.jpg

[PR]
by londonphoto | 2015-02-12 08:52 | タイ | Comments(4)

のんびりバンコク(2)〜 バンコク中心部

 今日のお題はバンコク中心部。バンコクに馴染みのある方は、セントラルワールドのあるラチャプラソン交差点付近といえば分かると思います。反政府グループが大規模なデモや座り込みをすることもあるくらい、バンコク都心を象徴する場所です。BTSと呼ばれるモノレールに乗って、最寄り駅から歩きます。
c0249519_835823.jpg

c0249519_843592.jpg

 相当発展した都心とはいえ、ここにもタイらしさは濃密に漂っています。
c0249519_852425.jpg

c0249519_85458.jpg

c0249519_8612100.jpg


 私がここへ来るのは、たいてい日本食を食べるか、セントラルワールドに入居している伊勢丹内の紀伊国屋書店に立ち寄るか、その両方が目的です。この日もまともなお寿司を楽しんでから、紀伊国屋でぶらぶら。至福の休日。

 この交差点の一画には、エラワンプームと呼ばれる神社があります。ここはヒンドゥーの神様ブラフマーを祀る場所で、霊験あらたかという評判が高く、いつも多くの人が集まります。日本に神社でお祓いを受けるように、ここではタイ人がタイ舞踊をブラフマーに奉納して願い事を祈願します。

c0249519_863983.jpg

c0249519_87555.jpg


 タイは敬虔な仏教国と言われ、確かに実際そうなのですが、民間信仰的にこのようにヒンドゥーの神様も方々で信仰されています。ゾウの姿のガネーシャなども、タイ人に人気のある神様で、もともとタイにはヒンドゥーが先にインドから伝わり、その後仏教が入ってきたという経緯から、このような二重の信仰形態になっているのです。その名残はタイの建国神話がヒンドゥーのそれと全く同じであるところにも現れるかと思えば、こうしてバンコク中心部の祠にもその顔を現すのです。
 タイらしさに満ちたこの一画は、私のぐうたらバンコク滞在には欠かせない、大切な場所です。

c0249519_874688.jpg

c0249519_88910.jpg

[PR]
by londonphoto | 2015-02-11 08:11 | タイ | Comments(0)

のんびりバンコク(1)

 久しぶりにバンコクに行きました。といっても、観光に行ったわけではありません。私がバンコクに行くのは、まず例外なくのんびりと自分メンテナンスをするためです。かつて放浪の旅人だった頃、バンコクは東南アジアの旅の拠点だったために何度も滞在した場所です。おかげで今では日本に戻るよりもバンコクにいる方がリラックスできるのです。
 ただし、そういうわけで観光も何もしていないため、率直に言って今回ここに載せる写真が、皆様にとって興味を持てるものかどうか、私には全く自信がありません。何と言ってもゆっくり自分を休ませるのがバンコクへ来た目的なので、カメラを持ち出したのもほんの数回。
 それでも、写真を撮ったことは撮ったので、載せます。私が目にし、その空気を存分に楽しんだ場所の記録です。

 最初は屋台から。タイの楽しみは何と言っても食事です。私がいつも滞在するエリアには、百メートルほど屋台が連なる場所があります。バンコクに到着し、ここへ食事に来ると、いつも自分がバンコクにいることを強く実感します。
c0249519_8163748.jpg

c0249519_8165652.jpg

c0249519_8171819.jpg

c0249519_8174092.jpg

c0249519_8175998.jpg


 この日食べたのはラーブという豚ひき肉の和え物と、ソムタムというパパイヤサラダです。どちらもタイ東北部の料理で、ほとんど中毒と言ってもいいくらいの私のお気に入り。そのままだと平均的な日本人には食べられないくらい唐辛子が効いているのですが、ここは旅行者も多く集まるバンコク。辛さをどのくらいにするか、注文のときにちゃんと聞いてくれます。タイに到着したばかりの私は、辛さをかなり控え目にしてもらいました。ラーブもソムタムも、普通の白ご飯ではなく、タイでは炊いたもち米と食べるのが一般的。もち米の方が甘味が強いので、さっぱりと酸味の利いたラーブやソムタムにはよく合うのです。

 このバンコクの記録、何度かに分けてアップしていきます。

c0249519_8183414.jpg

[PR]
by londonphoto | 2015-02-10 08:21 | タイ | Comments(2)